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平成28年度東京都立高等学校入学者選抜学力検査問題(理科)に対する意見書

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平成28年3月9日
東京都教育委員会
委員長 木村 孟 殿

天文教育普及研究会※1
会長 縣 秀彦

天文教育普及研究会を代表して、本書面をお渡しいたします。

私たちは、平成28年度東京都立高等学校入学者選抜学力検査問題(理科)の大問3(地学分野)について、不適切な出題であったと考えています。また、その後の東京都教育委員会の対応についても憂慮を覚えます。受験生に対し、すみやかに適切な対応をとって頂くことと、再発防止に向け万全の策を取って頂くよう強く要望いたします。

1.問題点の指摘
高等学校入学者選抜学力検査(理科)の問題は、中学校学習指導要領において求められている理科の目標※2に沿って出題されるべきものと考えられます。大問3においては、その科学的な見方や考え方にそぐわない設問がなされています。
まず、大問3〔問1〕を解答するために示されている図3は、惑星の公転軌道と月や惑星の直径の縮尺が異なって描かれています。これは、惑星の見え方を考える際に、中学校の教科書で一般的に描かれている模式図と同様であり、一見問題がないように見えますが、〔問1〕で問われている日没後の月や惑星の相対的な位置関係を考える際には、不適切な図と言えます。
特に、3月4日付で東京都教育委員会が示された「平成28年度東京都立高等学校入学者選抜学力検査問題(理科)に関する見解について」にある、地球の日没の位置から補助線を引くような考え方では、模式図に描かれた地球の直径に左右されて月と惑星の相対的な位置関係を正確に捉えることはできません。実際の学力検査(理科)では、事前に定規を用意するような指示はなく、この見解のように作図をして判断することもできません。縮尺が違う模式図でもあり、太陽系のスケールを正しく認識している受験生ほど、この問いでは地球の日没の位置から補助線を引くような考え方はしないはずです。東京都教育委員会の見解は残念ながら望ましい科学的な見方や考え方とは言えません。
科学的な考え方が身に付いている受験生の場合、惑星を小さな点として捉え、模式図の地心と月や惑星の中心を結ぶようフリーハンドで補助線を引いて考えると思われます。すると、金星の位置はイとウの間にくることとなり、どちらを選択したらよいのか、判断に迷うことになります。設問では、図2との整合性をとらなければならないため、どちらかと言えばイを選ぶことが想定されますが、金星の像も手描きのスケッチであり必ずしも正確な形とは言えず、最後まで不確かさが残ります。
大問3は、問題文中に具体的な日付を付した上で月と惑星の位置関係を示しています。そのため天文学的に正しい月と惑星の位置関係は存在し得るものです。学力検査問題において、諸条件の制約から、実際の自然現象と異なる状況で考えさせることはある程度理解できます。しかし、この設問では、設定した正答に誘導する目的のために、図3において金星の位置を実際の位置から移動させ架空の設定としており事実と反するため、記述自体に矛盾が含まれています。
このように、本問題は正しい太陽系のスケールを認識し、科学的な見方や考え方をした受験生が正答にたどりつけないような設問であり、高等学校の入学者選抜学力検査としては、不適切な問題と判断します。
さらに、このように整合性を欠く出題において、特に〔問1〕についてイのみを正解として採点し、合否判定がなされたことは、受験生に対する公平性が必須である入学試験において、不適切な対応であると言わざるを得ません。

2.要望
天文教育普及研究会としては、このように問題が精査されずに出題されたことと、その後の東京都教育委員会の対応に憂慮を覚えます。受験生に対して、すみやかかつ十分に検討の上、全員に加点をする等の適切な対応をとって頂くことと、再発防止に向け万全の策を取って頂けるよう強く要望いたします。
また、このような天文分野における出題の問題点は、天文教育全般にまでさかのぼって考えるべきことでもあり、天文教育のあり方を研究している本会としても、このようなことが再発しないよう、調査・研究をしていきたいと考えております。
ご賢察いただけますよう、よろしくお願いいたします。

※1 天文教育普及研究会
日本学術会議の協力学術研究団体で、天文教育の振興および天文普及活動の推進を目指す会員数約650名の団体です。  
http://tenkyo.net/
※2 中学校学習指導要領 理科の目標
自然の事物・現象に進んでかかわり,目的意識をもって観察,実験などを行い,科学的に探究する能力の基礎と態度を育てるとともに自然の事物・現象についての理解を深め,科学的な見方や考え方を養う。(学習指導要領第2節第4節第1より抜粋)



   

天文教育普及研究会 Japanese Society for Education and Popularization of Astronomy